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自由を求めてカポエイラで戦う少女を描いた青春格闘大河『バトゥーキ』

西洋にルーツを持たない格闘技のことをマーシャル・アーツと呼びます。

Martial(武道)Arts(芸術)の名が示す通り、時に格闘技は視覚的に芸術的な美しさを持つことがあります。

映画では香港のカンフー映画が世界的な影響力を持ち、香港電影金像奨動作設計奨という、優れたアクション設計をした映画に与えられる賞が存在します。

バレエやダンスなどが芸術たり得るように、格闘技も芸術的な側面を持つのです。

本記事で紹介する『バトゥーキ』は、そんな格闘技を取り扱った漫画です。

一見、格闘アクション漫画は雄々しくて汗臭いようなイメージがあるかもしれません。

しかし、少女が自由を求めるストーリーにカポエイラの芸術的な美しさを持つ動きで、他にはない爽やかな作風が存在します。

少女が自由と解放を求めて戦う作風は、エンパワメント的な側面を持ち、公式でも「青春少女大河」と銘打たれています。

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あらすじ

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両親に束縛され、息苦しさを覚える少女、三條一里(いっち)。

そんな中で出会ったのは、ホームレスじみた異邦の男でした。

彼はいっちの目の前で逆立ちしたような奇妙な動きで、コンビニ強盗を倒して見せました。

その格闘技の名は「カポエイラ」。

ブラジルにルーツを持つ格闘技でした。

カポエイラに興味をいだいたいっちはホームレスの男からカポエイラを学ぶようになります。

そんなある日、いっちを束縛していた両親が実は血の繋がっていない、偽物の親であると知ります。

同時に姿を消す両親と、目の前に現れるB・Jと名乗る男。

彼はいっちの両親がブラジルのギャングであることを知ります。

元々は敵対ギャング「死の槍(ランサ・モルウタ)」の人質として偽物の両親に育てられたいっちですが、情が芽生えたことで死の槍からの逃亡生活を送るようになります。

彼らがいっちを束縛していたのは死の槍から守るためでした。

しかし、人質でありながら死の槍で頭角を現したいっちの実の父親は、逆に死の槍を支配するまでに至ります。

ある日、いっちの父親はこう告げます。「私の財産は最も強い子供に遺す」と。

そこでB・Jはいっちの偽の両親を人質にとり、いっちを戦わせることにします。

それは、いっちの自由を求める戦いのはじまりでした。

自由を求めた格闘技『カポエイラ』

カポエイラはアフリカにルーツを持つブラジル発祥の格闘技です。

ブラジルを植民地支配したポルトガル人が、ブラジルをより発展させるために連れてきたのが黒人奴隷でした。

劣悪な環境で働く奴隷たちは、自由を求めて度々反乱を起こしました。

そんな彼らの反逆の芽を摘むため、ポルトガル人は奴隷が鍛えるのを禁止にし、徹底的に支配しようとしました。

そこで彼らはダンスの動きの中にマーシャル・アーツを取り込みました。 それがカポエイラです。

カポエイラは常に音楽と共にありました。

アタバギやビリンバウなどカポエイラに使う楽器も存在し、彼らは音楽を奏で歌を高らかに歌いながら反逆の牙を研いだのです。

そのため、カポエイラには他の格闘技にはない、身体全体を動かしたようなトリッキーな動きが多く存在します。

ダンスのような格闘技、カポエイラはまさに自由を求め、音楽と共にある格闘技なのです。

肉体的躍動が見せる戦闘シーン

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漫画『バトゥーキ』でいっちが主に扱う格闘技はカポエイラです。

義理の両親を人質にとられたいっちは、B・J主導の元、様々な格闘家にストリート・ファイトを仕掛けることになります。

それは、空手や合気道、柔道にテコンドーなど様々。

そういった多種多様な格闘技が描かれ、非常に微に入り細を穿つような画で表現されています。

特にカポエイラは『バトゥーキ』の作者である迫稔雄先生も実際に習っていることもあって、非常に美しく、それでいて筋肉の躍動一つ一つが正確に描かれています。

筋肉とは、ダビデ像などのミケランジェロなどに代表されるルネサンス期の彫刻に見られるように、普遍的な美しさを持ちます。

一方、バトゥーキでは少女が主人公なのもあって、剥き出しの筋肉が描かれることはありません。

しかし、蹴りを放った時に裾のはためきから浮き出す筋肉が、ミケランジェロのそれとは違い、躍動する筋肉を映し出します。

その筋肉の躍動は、バレエのような連続した動作の一瞬を切り取ったような美しさを持ちます。

本作が格闘技マンガでありながら汗臭いような雰囲気が無く、一種の爽やかさを感じるのは、そういった爪先まで意識した、カポエイラが潜在的に持つダンスのような美しさがあるからだと推測できます。

作者自身の格闘技に対してどん欲に取材する姿勢や、自らも格闘技を修練するが故の筋肉の躍動に対する造詣の深さ。

それが本作の戦闘シーンを作っているのです。

少女の自立と自由を描く

本作のタイトルにもなっている「バトゥーキ」。

それは、カポエイラの源流となった幻の格闘技と本作で語られています。

いっちたちは、自身のカポエイラに、様々な格闘技の動きを取り入れることで自分たちのバトゥーキを創り出し、どんな敵にも勝てる技を編み出そうとします。

それは、奇しくもブラジルに連れてこられた奴隷たちが、歌やダンスの中にカポエイラを編み出したことに非常に酷似しています。

いっちは義理の両親を人質にとられ、無理やり戦いを強いられる言わば奴隷の状態です。

しかし、ブラジルの奴隷たちが歌を歌い、踊りの中に反逆のカポエイラを紛れ込ませたように心まで奴隷にすることはできません。

いっちのバトゥーキは、まさにカポエイラと同様、自由を求める奴隷たちの反逆の牙なのです。

この少女の自由と自立というテーマは、奇しくも女性をエンパワメントする近年の情勢と重なります。

カポエイラという反逆の牙で、鍛え抜かれた巨躯の男性すらも圧倒する様は一種の示唆に富んでいると言えます。

作者の前作『嘘喰い』もオスス

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迫稔雄先生の前作にあたる漫画『嘘喰い』は全49巻にわたる長寿漫画で、連載終了が3年ほど経つ2021年3月現在でも重版がかかるほどの人気を誇ります。

そんな『嘘喰い』のテーマは「ギャンブル」。

『バトゥーキ』と違い、大人の世界での智略と暴力が描かれる、青年漫画らしい内容となっています。

『嘘喰い』と『バトゥーキ』の共通点は肉弾戦でしょう。

ギャンブル漫画である『嘘喰い』には「賭朗」と呼ばれる賭けの公平性を暴力で担保する組織が描かれています。

その「賭朗」に所属する立会人は、賭けの公平性を保つために、誰よりも強くあらねばなりません。

故に、立会人は銃を持つ敵であろうとも素手で圧倒する強さを誇ります。

そんな立会人の戦闘シーンは、嘘喰いの魅力の一つとなっています。

スーツに身を包みながら、顔の良い男が闘う姿は老若男女問わず虜にする迫力に溢れています。

また、戦闘シーンが「躍動」に溢れている『バトゥーキ』に対し、『嘘喰い』の戦闘シーンは『静』の迫力に満ち溢れています。

それこそ、まさにミケランジェロの彫刻のような迫力。 『バトゥーキ』と『嘘喰い』のアクションを見比べてみるのもおすすめです。

リアリティのある肉体的躍動を描いた漫画

漫画の戦闘シーンはいくらでも誇張することができ、多くのアクション漫画は派手で突拍子の無いものばかりです。

そんな戦闘シーンも魅力的ですが、バトゥーキにはリアリティという一本芯の通った他にはない魅力を持ちます。

無論、バトゥーキにも漫画ならではの誇張は存在しますが、それすらもリアルの肉体的躍動に裏打ちされています。

物語におけるリアリティは、視覚を通して身近に感じるからこそ、より深い共感を呼び起こします。

バトゥーキで描かれるいっちの痛みは、自由を求める人にとってより深い共感を呼び起こすものとなっているのではないでしょうか。

rihokomuto
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