Eye Sight

【視覚とひと】Vol1-1:漫画に魅せられたミレニアム世代の行動力

どうせ戦っても勝てないし。

高校卒業と同時に、ファッションの世界に憧れてアメリカ・イギリスに10年間留学。

文化の最先端、ニューヨークやロンドンで業界をどっぷり学び、フリーランスとして活躍してきた武藤里穂子さんは、インタビューの冒頭から、その華々しい経歴とは意外な言葉を漏らしていた。

日本の田舎町で育った里穂子さんが経験した本場のファッション業界とその裏側のリアル。

そして、やりたいことの為になら、1人で全く知らない土地に留学してしまうほどの行動力と強靭な精神力を持ちながらも、一見闘志を感じさせないそのコメントの真意とは。

インタビューを進めるうちに、そこには29歳女性の等身大の「他人に負けない生き方」があった。(上、下)

多彩な経歴をもつ人々の視点から様々な生き方を知る、インタビュー記事はこちらから!タグ【インタビュー】

里穂子さんは、群馬県吾妻郡東吾妻町で育った。

吾妻郡東吾妻町の人口は約13,000人。東京都世田谷区の人口が約94万人ということを考えると約1/90の小さな町だった。

ほんっとに山奥の小学校でした!(笑)

と無邪に笑いながら、同級生も全部で35人ほど、そのまま行けば、同級生の全員が同じ保育園から中学まで卒業する、全員が幼なじみとも言える小さな世界で育ったと話した。

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里穂子さんは、その中でも人一倍負けず嫌いで、何事にも積極的。最終的には、児童会長を務めるほど目立った生徒だったという。

当時は、勉強なんて何をやっても一番になれたし、自分が世界の中心だと思っていましたね(笑)

また、昔から絵を描くのが大好きで、小さい頃の夢は漫画家だった。

当時は、毎日、1冊のノートがなくなるまで漫画を描きたおしていたという。

漫画家、矢沢あいさんの作品が大好きで、特に好きな漫画は『ご近所物語』。主人公の実果子は小柄なキャラクターでありながら、とにかく明るく、強い女の子だった。

「私、実果子になりたい!」

主人公と同様に小柄な彼女は、実果子の生き様に自分の姿を重ねては、強い憧れを抱いていた。

井の中の蛙が大海を知る

明るく前向きで、まさに順風満帆とも言える彼女の人生を一変させる出来事は意外にも早く訪れた。

里穂子さんは、地元の中学に進学するのではなく、中学受験を経て、県内でもトップレベルの進学校に進んだ。

中高一貫のその学校の一期生だった里穂子さんの世代は、特に、選りすぐりの優秀な人材が集められていた。

期待に胸を踊らせながら迎えた入学式。

集められた学生は段違いに勉強のできる子や、みんな何かしらで日本一、最低でも県内トップになった経験のある子たちばかり。

「特技はこれで、実績はこれです!」とみんなが自信を持って発表している自己紹介に「来たところを間違えたかも」と悟ったという。

何やってもこの子たちより私はできない

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今まで自分が「できる」と自信を持っていたことも、それより遥かに上手にできる周りを見て、入学初日に一気に自信を失ったという。

それを機に、毎日描いていた大好きな漫画も、「どうせもっと上手い子がいるし。」と、全く書かなくなってしまった。

あきらめ癖がつき、勉強や学校活動での競争心が全くなくなり、学校が好きになれないまま6年間が終わった。

負けたくないから、違うことをする

実は里穂子さんが留学を決めた一つの理由に、この中高6年間の挫折の経験が大きく影響していた。

何かどこかで同級生に絶対に勝ちたいけど、でも人より飛び抜けて努力できるほど何かに熱中しているわけではない。

負けず嫌いでもあるが、同時に怠け者でもあると話す彼女は、みんなと同じように受験をしても勝てないと考えたという。

それでも「絶対この子たちに何か負けないことをしてやる」という思いから、どうすれば勝てるのか考えて、その一つの選択肢が留学だった。

当時、自分より英語ができる子はたくさんいたが、当たり前に一流大学を受験していく同級生の中で、高校の卒業と同時に留学したのは里穂子さんだけだったという。

幸い、里穂子さんには、4つ違いの姉がいて、当時、そのお姉さんがニューヨークに語学留学をしていた。夏休みに遊びに行ったそのニューヨークでは、お姉さんの友達の自由で明るい文化に触れたという。

「やりたいことがあるならいいじゃん!頑張りなよ!!」

自分のやりたいことさえ、自信を持って言えなくなっていた当時の里穂子さんは「私もニューヨークに行きたい!」と強く考えるようになった。

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そしてもう一つ、里穂子さんの夢に大きな影響を与えた人物がいる。

里穂子さんが強い憧れを抱いていた人物、漫画『ご近所物語』の実果子だ。

実果子は、小柄なのにいつも強気でパワフルな女の子だ。

時にはきつい言葉も言うが、自分が思ったことは発言し、やりたいことを自由にやっていた。そして彼女は、ファッションデザイナーだった。

「私、ファッションデザイナーになりたい!」

日本の田舎で、さらに、その進学校のみんなの夢は、お医者さんや政治家や起業家や公務員。

ファッションなんて、頭の悪い子が興味を持つもの、という風潮さえあった世界で、留学してファッションデザイナーになりたい、なんて夢を語ったら周りにどんな反応をされるか。。。

それでも同級生のみんなと違うことで戦いたい、そして実果子になりたい、と願う彼女の純粋な心をまたも矢澤あいさんの作品が救ってくれた。

PARADISE KISSのイザベラの一言。

どんな成功者も最初はみんな身の程知らずだったと思うわ

PARADISE KISSのイザベラの一言

この言葉に勇気づけられた彼女はすぐに親を説得し、高校を卒業と共にアメリカへ飛んだ。

「こうなりたい」に素直でいること

日本において、ミレニアム世代は、ゆとり世代とも呼ばれている。

ただ、そのゆとり世代だからこそ、固定概念に囚われず、柔軟に動くことができた。また、デジタルネイティブの世代だからこそ、多くの視点と選択肢が彼女にはあった。

「こうあるべき」という形が変わり続ける、そんな現代だからこそ、彼女のように「こうなりたい」という理想の自分に純粋に挑戦できるということが自分の人生を豊かにする原動力なのだと筆者は思う。

最後に、里穂子さんの見てきた世界を代表して、彼女のスマホからお気に入りの写真を3枚もらった。

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